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2025.01.31

慶野由利子「nanoKONTROL2、KORG Gadget」インタビュー

様々なゲームが発売される昨今、デンシライフ2という「nanoKONTROL2」にも対応したゲームが発売になりました。ゲームのサウンドはディグダグやゼビウス等、レジェンド的タイトルを手がけた慶野由利子氏が音楽と効果音を全て担当。さらにKORG Gadget/KAMATAを使用して作成されたとの情報を得て、デンシライフ2での音づくりやナムコ在籍時の貴重なお話を伺うと共に、ゲーム製作者の市川幹人氏にもデンシライフ2とnonoKONTROL2の親和性について伺いました。

 

 

──慶野さんと音楽との出会いなどお願いします。


慶野: 幼少期から、作曲家である母の指導を受け、ピアノ、ソルフェージュを自宅で学んでいました。私のために買ってくれたプロコフィエフの「ペーターとオオカミ」に芥川比呂志氏のナレーションの入ったレコードをよく聴きました。ペーターのテーマの調性の浮遊感というのが、私の音楽にとても影響を与えたと思います。

また、母がチェコの作曲家とその作品を日本に紹介する仕事をしており、当時はまだ日本で「ユーモレスク」と「新世界より」しか知られてなかったドボルジャークや「わが祖国」しか知られてなかったスメタナ、そして全く知られてなかったヤナーチェックを家では聞いていました。とりわけドボルジャークの「スラヴ舞曲」は、私にとって原風景のような音楽です。

私が小学生の頃に、母がソ連(現在のロシア)の駐日大使のお嬢さんにピアノを教える仕事を引き受けた関係で、日本ではまだ楽譜が売られていなかった、カバレフスキーなどによる子供のためのピアノ作品を弾く機会を得ました。今では定番になってる「ウクライナ民謡による変奏曲」も弾いたりしていました。また、幼少期からオーケストラの公演にも母によく連れて行ってもらったことで、オーケストラのサウンドというのが、私にとって一番体の中に染み込んでいるように思います。

 

デンシライフ2 サウンドトラック

──学生時代に聴いていた音楽、影響を受けたアーティストについて。


慶野: 学生時代はまた大きく変わります。大学4年間は、それまで身につけてきたクラシック音楽を体からそぎ落とすという作業の4年間でした。そのために、日本と世界の伝統音楽を意識的に聞いていました。当時の国立劇場では民俗芸能や伝統芸能を紹介する企画が毎月のようにありまして、当時の学生はたくさん足を運んでいました。

大学の授業で民族音楽学者の小泉文夫先生の授業を受講しました。そこでは録音してきたばかりの世界中から集めた音を聞かせてくださいました。小泉先生の民族音楽学の授業の一番最初に、一つの民族の音楽を見るときには 「芸術音楽」「宗教音楽」「民俗音楽」の3つに分けて見ることを教わりました。そして、民俗音楽、とりわけその最もシンプルな形であるわらべうたの中に、その民族の音楽の基本的な特徴が含まれている、と。音楽はある傑出した芸術家が作り出したものではなくて、その裾野に大衆がいて、音楽は作られてくるんだということです。そういう「民俗」の視点を学んだことは一生の宝です。

日本伝統音楽の実技として、長唄と長唄三味線を学びました。長唄というのは江戸時代に発達した歌舞伎舞踊の伴奏音楽、長唄三味線はその伴奏楽器です。それからインドネシアの中部ジャワのガムラン音楽の実技も学びました。


──作曲の方法として、ピアノは使われますか? 譜面を書かれるのか、あるいはDAWソフトで打ち込むのでしょうか?


慶野: ピアノだけでなく電子楽器も含めて極力鍵盤は使わないようにしてます。それはどうしてか? というと「ピアノで作曲すると、ピアノの曲になってしまうから」です。五線譜にフレーズをメモするということはありますが、 1曲全部を五線譜で仕上げるということは、もう40年くらいやっていません。基本的にはいわゆる DAWソフトで打ち込みます。デンシライフも DAW上(Cubase)で作りました。

(左)市川幹人氏 / (右)慶野由利子氏

──ゲームの世界はかなり特殊なイメージで基本的な部分がわかってないのですが、そのDAWで作った曲をゲームに移植する場合に、MIDIデータとかを使うのでしょうか?


慶野: 移植ではなくてツール上で打ち込みます。MIDI で仕上げるということはありません。私の場合、作品は楽譜で仕上げる場合と音データで仕上げる場合があり、今回のデンシライフ2のような場合は音(WAV)で仕上げます。 デンシライフ2ではDAW(Cubase)の内蔵音源やKORG Gadget/KAMATAを使いました。


──ハードの電子楽器は使ったことがあるでしょうか?


慶野: 私は演奏家ではないので、残念ながら電子楽器の鍵盤楽器を使用して何かすることはないのですが、コンサートの企画制作の仕事に携わっていった時期がありましたので、コルグの ProphecyとかTRINITYとか見ておりましたし、アナログシンセ講習会に行った時には、手のひらサイズのmonotronをいいなぁ~と思って見ていました。

──では、具体的なゲームの音について伺います。ゼビウス(*1983年、アーケード用縦スクロールシューティングゲーム)ですが、ブラスターのなめらかにピッチが下がる音はどのように作成されたのでしょうか?


慶野: ゼビウスのブラスター発射音は滑らかに聞こえたかもしれませんが、発射音は1/60秒単位でクロマティックに変化する音で、五線譜に書ける音です。ただ落ちていくだけではなくて、頭がちょっと上がってから落ちています。

ちなみにパックマン(*1980年、アーケード用ドットイートゲーム)とか、ギャラクシアン(*1979年、アーケード用シューティングゲーム)の飛んでくる時の音とか、音高の変化は全部プログラマーが計算でやっています。サウンドドライバーでそれをできるようにしたのはC30(*カスタム30=同時発音数は8音と16音の2つのモードを備えたサウンドカスタムIC)でした。


──ディグダグ(*1982年、アーケード用アクションゲーム)のBGMがキャラクターの動きに合わせて発音したり止まったりしますが、あれは慶野さんのアイデアだったのでしょうか?


慶野: 企画担当者から渡された仕様書には「歩行音」と書かれていました。ですから、プログラマーは、メインキャラのディグダグが歩行する時だけフラグを立て、停止したらフラグを下ろしていました。私は、歩行音ということで、最初は鉄腕アトムが歩くときのような音とか、いわゆる効果音をいくつか作って試行錯誤していました。そんな時、私の教育担当でもあった大野木宜幸さん(*ニューラリーX、マッピー、リブルラブルなどの作曲も担当したプログラマー)が「ミュージックにしてみたら?」との助言をくださったので、数種類作りまして、そのうちの1つが採用され、あのような形になりました。ですから、私のアイデアではなく、仕様書に書かれていた通りに作った、というだけのことです。

私にとっては初めて手掛けたビデオゲームでした。

──BGMや効果音を作成する際、どういった所を大事に考えますか?


慶野: その状況にふさわしいこと、それに尽きます。ナムコ在職中は基本的に、企画が開発に届いた最初の段階から関わっていましたので、まだビジュアルができていない時から作り始めていました。今回のデンシライフ2とこれに先立つデンシライフでは、おおよそゲームが出来上がった段階で音を付け始めました。どのような場合でも、プレイヤーの方にどんな風に受け取っていただけるのかを大事にしています。


──ゲームはBGMが流れている中で効果音がユーザー主導でランダムに入るわけですが、そのあたりを意識した作りになっているのでしょうか?


慶野: もちろんです。私が手掛けた中で、効果音が一番たくさん入ったのはパックランド(*1984年、アーケード用横スクロールアクションゲーム)かと思います。8チャンネルの中で、BGM には 3チャンネルを基本使いつつ、効果音に1~2チャンネルぐらいずつ、どれとどれが一緒に出てきても完全にマスクされ聞こえなくなることのないように、少なくとも1チャンネルは鳴るようにしていました。BGM も、ドラムの音しか聞こえなくなる時もありますが、ゼロにはならないようにしています。8チャンネルしかない中でそれらの優先度をつける作業は、曲を作るより大変なぐらいでした。反面それがあるから面白かったとも言えます。


──プログラムチェンジのように途中で波形を差し替えができるのでしょうか?


慶野: サウンドドライバーにもよりますがC30はできたと思います。

デンシライフ2 操作画面

──では市川さん(デンシライフ2製作者)にお伺いしますが、デンシライフ2とはどんなゲームで、慶野さんへはどのようなBGM、効果音の依頼をされたのでしょうか?


市川: ミッションとして与えられた条件のデンシ生命体を撮影するゲームです。もともと電子生命体を観察するソフトがあったんですが、別のソフトを販売する時に Steam というダウンロードサイトで必要スペックと最低限必要なスペックと推奨スペックを書かなければならなくて、Unity というツールで計算とかの負荷がどのぐらいかかると、マシンはどのくらい処理が落ちるんだろうか? とか知りたくて、その計算負荷がものすごいいっぱいかかるものとして、この生命体を作ってみんな(チェックする人)に送って負荷レポートを求めたのですが、誰も負荷レポートを送ってこなくて、なんか「こんなのが生まれました。」というスクリーンショットばっかり皆さん送ってきて、「そんなに楽しいか?」みたいな感じで、それで「じゃあゲームにするぞ!!」と。

僕はいつもプログラミング技術やコンピューターサイエンスの関心としてゲームを作る仕事とは別にいつも色んなものをチェックしていて、この生命体の動きというのは、人工生命研究とかの中でルールに則って進化していくというものなのですが、これらを応用した形になります。この点1個1個の処理については、ものすごいシンプルなものなんです。それらの集合体を撮影するゲームにしてみました。 生命体の動きがとても面白いので、ただ決まった音楽が流れるだけじゃつまらないというのがあって、何か特徴のあるものにしなきゃということで、慶野さんにお願いすることにしました。


慶野: まず、デンシライフ第1弾の時に言われたのは、6種類のデンシ生命体が画面上にいるのだということ。そのデンシ生命体それぞれに対応する6種類の音が常に鳴っていて、デンシ生命体の集積度によって音の高さや強さが変わるというのが、市川さんの最初のアイディアでした。でも、強さが変わるのは明確な判断が難しく、では音高が変わるとどんな事になるか...6つの音が同時に鳴りながらそれぞれに音高が変化するというサンプル曲を作って市川さんに送って聞いていただきました。これは超現代音楽(笑)で、プレイ中ずっと鳴っているのは厳しい、ということをご理解いただいた上で、私からのご提案で、6色それぞれのテーマを作り、最も集積度の高い色に対応する音だけを鳴らすようにしました。

それぞれのテーマは同じテンポで8秒ごとに集積度の状況を見て切り替わり、どう繋がっても良いように尚且つ、誰が聞いても変わったことがわかるようにそれぞれの音色も旋律も全く異なるテーマを6種類作りました。


市川: バックグラウンドで6曲全部が鳴っているんですが、例えば青の生命体の曲が鳴ってる途中から赤の曲が鳴ってという具合に....変えるっていうのは、 8の倍数秒のところで変える分には不都合が発生しない曲を書いていただくという非常に特殊な頭の使い方ができないと作れない曲を書いてくださいました。


慶野: デンシライフ2ではデンシ生命体が1色増えて、計7色になりました。第1弾と同様、曲が変わったら変わったということが誰にもわかるように、そして盛り上がらず淡々と繰り返すように作る必要があります。

どうしようかと思って、今回は 9秒単位にしてみました。試しにまず3曲、どういう組み合わせでも 3曲同時でも鳴らせるように作って市川さんに送ったらとっても面白がってくださって。じゃあ 7曲全部同時にも鳴らせるように作ろうということになったんです。ある部分はポリフォニックに、ある部分では和声的に、且つ 1曲ごとがはっきりと音色も違うし曲調も違う、それぞれ独立して鳴らせるものを作りました。難しい作業でしたが、それだけに面白い作業でした。

──デンシライフ2に収録されているレトロバージョンのサウンドをKORG Gadget/KAMATAで作成されましたが、どのような印象をお持ちになりましたか?


慶野: 実はKAMATAを使うのは初めてです。実際のC30 には開発にも関わりサウンドドライバーも書きましたが、それとはだいぶ勝手が違うというのが正直な印象でした。

まず、音質に関しては、当時の基板から出る音は歪んでいました。あんなに綺麗な音は出ませんでした。オシロスコープで見ると矩形波が右上がりな波形でした。そもそもC30 はアーケードゲーム用の基板に搭載するための IC チップで、ゲームセンターの喧騒の中で鳴らすことを想定しており、ゲームセンターの喧騒の中では微細な表現は必ずしも効果が出せないことが多くありました。

今回KAMATAを使ってみると少なくとも私が当時は行わなかったような微細な表現まで可能なのだということは解りましたが、おそらくレトロゲームファンの皆さんがこれぞC30の音だと思うのは、あまり細かいコントロールをしてない音ではないかなと思い、タイトルミュージックではあえて荒削りな表現にしました。

ナムコ在職中、音源がC30になって格段に進化したのは、ノイズがサウンドドライバーで操作できるようになったことでした。ですから、デンシライフ2でもKAMATAを使うからには絶対にノイズを使いたい!ノイズが使える音と言ったらカメラのシャッター音だ!と思いました。でも私が勉強不足だったのか?ノイズだけだと力不足で楽音と混ぜて使いました。


──ノイズにすごいこだわっておられますが、アナログシンセを通ってないのが不思議な気がするんですけどその辺りいかがでしょうか?


慶野: アナログシンセも使います。実際にはソフトウェアベースのもので、ヴァーチャルアナログシンセを使います。このデンシライフ2のモダンバージョンの中でも使用しています。

デンシライフ2向けのオーバーレイを装着したnanoKONTROL2

──デンシライフ2ではnanoKONTROL2も使えるとのことですが、どのような操作ができるのでしょうか。


市川: nanoKONTROL2で出来ることはすごくいっぱいあって、生命体を撮影する事以外のほとんどのコントロールができます。nanoKONTROL2それぞれの1列で各色のデンシ生命体をコントロールします。フェーダーは上下の動き、ノブが左右の動きになると思ってください。S/M/Rの各ボタンは生命体に対してS=Stop/停止、M=Mutation/突然変異、R=Revitalize/活性化で使用します、頭文字が合致していて助かりました。各LEDもゲームに連動した発光をするので、よりゲーム感が増すと思います。

PCのキーボードの場合だと一つの生命体にフォーカスさせて、カーソルキーで操作します。nanoKONTROL2の場合だと複数の生命体をコントロールすることができます。たとえハイスコアが出なくても直接生命体をコントロールしている感じが気持ち良く、よりゲームに集中することが出来ます。

 

──慶野さんは常に新しいものに目を向けているイメージがあるのですが、現在、注目している、興味のある音楽/アーティストは?


慶野: 大学時代に非西洋音楽を学ぶということに懸命になるあまり、クラシック音楽を避ける傾向がありましたが、近年になってまたクラシック音楽も聴くようになりました。10年ぐらい前にテレビで往年のフォークシンガーの方が、「自分が若い頃は自分の音楽が一番だと思って他は否定してきた。今になってみると、他の人の音楽もみんな良い」ということをおっしゃっていましたが、私もそれと似てきました。どんなジャンルでも良いものは良いと思います。21世紀の展望として「インドなど非西洋音楽の理論を規範とした音楽創りができていくのではないか?」ということを音楽評論家の北中正和さんがあるトークショーでおっしゃっていました。そうなってほしい、と楽しみにしています。

日本の伝統音楽や民俗芸能など、まだまだ勉強中です。世界中の音楽が進化し続け、まだまだ世界中に聞いたことのない音楽がたくさんありますし、これからも出てくるでしょうから...

 

──どうもありがとうございました。

慶野由利子(けいのゆりこ)

業界初のゲーム音楽専門職として「ディグダグ」「ゼビウス」「ドラゴンバスター」などヒット作を世に送り出す。「平和教育アニメーションプロジェクト」DVD音楽担当。CDアルバム「Game Music Prayer 2」「Game Music Prayer 3」「FM VERTEX II - NEXUS」に参加。文化庁プロジェクト「東アジア文化都市2014横浜」委嘱の日中韓の箏による合奏作品で好評を博す。ニューヨークを拠点として世界的に活動するクラリネットアンサンブル=NYリコリッシュ・アンサンブルの公募に入選、受賞曲「船場山幻想~狸娘恋のドリブル」を収録したCDアルバム「わらべ歌リミックス」がペンギンレコードより発売中(PENCD-0002)。フルート八重奏曲「フルートアンサンブルのための『正多面体たちの踊り』」の楽譜が風の音ミュージックパブリッシングより出版されている(KFLE-001)。文化庁プロジェクト「霞が関音楽祭」に参加し、自身で制作した動画と自作の音楽によるアニメーション作品を発表。日本とアジアの伝統楽器のための作品、映像インスタレーションとのコラボレーションなどジャンルに囚われない音創りで独自の創作活動を展開中。