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2016.12.28

麻倉怜士「MRシリーズ発売10周年記念スペシャル・インタビュー」

MRシリーズ最初の製品「MR-1」が2006年12月下旬に発売されてから、10年が経ちました。対応機器が高価ゆえに一部のプロだけが使っていた高音質DSDフォーマットを、アマチュアの手の届く存在に変えたという点で、このMR-1は画期的な製品でありました。我々は昨今のハイレゾ・ブームの中心にDSDがあることに、MRシリーズが少しは貢献したのではと自負しています。

このMR-1、MRシリーズが発売10周年ということで、10年前からMRシリーズを温かい目で見守って頂いたお二人にインタビューをお願いしたところ、快く受けて頂きました。

 

二人目はデジタルメディア評論家、津田塾大学講師など、多くの肩書をお持ちの麻倉怜士(あさくられいじ)さん。麻倉さんはあらゆる音を知り尽くした真のプロフェッショナルで、言葉ではなかなか伝わりづらい音というものを、独特の表現で誰でもわかりやすく説明してくれます。

MRシリーズ/DSD関連製品についても、ときに優しく、ときに厳しい言葉でアドバイスを頂き、麻倉さんに認めて頂ける良い製品を作ることが、常にオーディオ/レコーダー開発チームにとっての大きな目標となっています。


 
──MRシリーズ発売10周年に寄せて、コメントをお願いします。

10年前、Penというライフスタイル雑誌にMR-1の記事を書きました。DSDならではの生っぽさ、臨場感に期待し、DSDレコーダーが出ることにすごくワクワクしました。そこで取材させて頂いてPenに載せました、これはマイク内蔵ではないです。

昔から録音が好きだったんですが、別にマイクが要るのは面倒だということが結構あって、一体型が良いなとずっと思ってました。以前は一体型のカセット・レコーダーも使っていたのですがメカ・ノイズが入るので、MR-1を使いながらもやっぱりマイク内蔵が良いなと考えていたら、MR-2が出ます、しかもマイク内蔵です。

最近、インスタント写真も流行っていますが、本当に録りたいときにすぐ録れる、しかも高音質で録れるというのが素晴らしいなと思いました。MR-2もそんなわけでPenでまた書きました。このモデル、録音文化そのものをすごく広げた、変えた功績はひじょうに大きいです。生録の世界ならではの音の生々しさ、臨場感は、やっぱりDSDだから録ることができると、MR-2を使っていていつも感じています。

KORGはまさにDSDカンパニーだと思います。単にMR-2でDSDのファイルが録れるだけではなくて、AudioGateで変換できたり再生できる。そういうきちっとしたソフトウェアを作ってきて、なおかつハードウェアの良いものを作ってきた。これはまさにDSDの車の両輪だと思うんですね。録りっぱなしだと完成度が低いままです。ノイズを取ったり、フェード・アウトしたりをやって他人に聞かせるわけですから、そういうところまでKORGのワン・ワールドでやっていけるのは、録音ファンにしてみるとすごくありがたいことです。

昔はCDレベルぐらいので安心していたんですけど、そうじゃなくてハイレゾで、DSDで憧れの生録ができるということを実現したことこそ、KORGの凄さだなというのが10年たっての私の感想です。


──MRシリーズの中で、印象に残る製品がありましたら。

MR-2です。MR-1もDSDで録れるということの驚きがあったんですけれども、マイクを外部で調達しなければならなかった。でも、MR-2はそこに置くだけでいい。

MR-2の素晴らしさはまずはコンパクトさです。MR-1は手に持ったときに横幅が大きいのですけど、MR-2はちょうどいいリーチなんです。ボタンの配置が合理的で、とっさのときに迷わない。Recを押して一時停止、次にRecを押すとすぐ録れます。操作系がとても良いです。秀逸なのはマイクの角度です。斜め45度で録るというのが一般的ですけれども、(マイクの角度が可変なので)逆の背面45度もできるわけです。

印象的だったのは、ドイツの教会で土曜朝に無料の礼拝に伺った時のことです。バッハのカンタータを無料で演奏してくれました。それを録音したのでずか、素晴らしいのが、ぜんぜん目立たなく録れるということ。裏返して録音するとまるで、手すりに溶け込みます。もうひとつが音響的な音の良さ、つまり教会音楽というのは単に音楽が直接的に発せられるんじゃなくて、高い天井にて、いったん音が上に上がり、次に下がってくるような感じなんですよね。その広がり感というか、容積感というのがMR-2に内蔵の2チャンネル・マイクですごくきれいに録れる。後から聴くとその時の思い出が蘇ると。

もう一つ録音で印象に残っているのは、2015年にバリ島に行き、MR-2でガムランをナマロクしたことです。ガムラン楽団にも格があり、その中のトップ・オブ・ザ・トップのヤマサリ楽団を、大橋力先生がバリのご自宅に呼んで、「君のために演奏会を開いてあげる」。それは凄い、録ってもいいですかと訊くと「大丈夫」とのことで、粛々と録音しました。といっても、単に座ってる横に置いただけなんですけれども、これが意外に頑張ったんですよ。「意外に」という意味は、先生がヤマサリの演奏をDSDの11.2(MHz)で配信するというときに、もちろん11.2のほうが音が良いのですが、実は11.2にも勝るということがあるんです。

それが現場の空気感なんですよ。商品としての11.2(MHz)はきちっと編集されて作られているので、音のクオリティー自身はひじょうに高く、場の感覚もきれいに整然に再現されます。MR-2で録ったファイルは確かに総合的なクオリティでは11.2に適わないところもありますが、でもひじょうに立体的な奥行き感、高さがあって、空気の流れみたいなのが濃厚に入っているんです。ただそのへんに置いただけですよ。ガムランの立ち上がりの音の立ち上がりの鋭い感じは11.2の方がいいなと思うんですけれど、やっぱり生なんです。目の前で生で録ったというのがすごいんですよ。

第11回1ビット研究会(注1)で私が講演をするときに、大橋さんが作ったDSDの11.2(注2)を最初に聞いて、次に私がMR-2で録ったものを再生しました。これが意外に良い音で。大きいスピーカーを鳴らし切るみたいな、世界最大の低音楽器である。ジュゴグの低音のぐわーって感じがよく入ってるんですよ。それでいて歪がない。一番感動的なのが鳥の声が入ってるんです。ガムランが鳴っていて、その音波が上の方に飛び、木の上にいる鳥が感じて鳴き始めたんです。まさに文字通りその場の音が全て入っているんです。さすがに11.2には鳥はいなかった。

MR-1の場合はマイクが必要でしたが、MR-2は、いつでもカバンに入れて携帯でき、すぐ録れるというインスタント性に加えて、ハイ・クオリティーで良い音声が獲得できる。私はとても大好きです。

注1:早稲田大学 総合研究機構 波動コミュニケーション研究所 1ビットオーディオ研究会 が主催する1ビット技術をテーマとする研究発表会

注2:「超絶のスーパーガムラン ヤマサリ」e-onkyo musicにて配信
http://www.e-onkyo.com/music/album/hsh002/


──これからMRシリーズに望むことがありましたら。

今、最新のADコンバーターLSIを使うと11.2(MHz)まで録音可能です。ぜひその方向にこだわって欲しい。11.2で録音できるのがまずは夢ですね。2.8(MHz)とか5.6(MHz)だと量子化ノイズがかぶってくるので、その対策でちょっと音がなまってしまうんですけれども、11.2になるとノイズも相当上の方に追いやられますので、ノイズの影響がない生々しいDSDの音が録れると思うんです。そういう意味では、やはり据え置き型もポータブル型も含めてもう一つレベルを上げて欲しい、新しいDSDの水準に行って欲しいなと思います。

文化的な流れからすると、YouTubeみたいなのも含めて、静止画文化から動画文化にシフトしていてますよね。そうするとここでもう一度生録みたいな、単に聞くだけでなく自分から積極的に録りに行こうという行動が、盛んになると思うんです。最近感心したのは、世田谷に住んでいる音楽家なんですけれど、この方の趣味が生録で、自分でリリースもしているんですが、この前、新潟県の片貝というところで花火大会があって、それをリニアPCMで録った音を聞きました。花火の音の偉容感や距離感というのがとてもリアルに感じられました。

これからDSDで新しい録音文化をぜひ作って欲しい。そのとき、まずは11.2(MHz)が基本になる。MR-2がMR-3に進化すると、11.2でふさわしい音が録れるマイク内蔵が期待ですね。MR-2000SがMR-3000Sになってくると、据え置き型での水準をすべて11.2に上げる。さらに編集できる11.2対応のAudioGateも期待。録再、編集ともに11.2で一気通貫の音の楽しみを広げて欲しいと思います。MRシリーズも昨今はお休みしているみたいな感じもありますから、そろそろ次を仕込む良いタイミングではないでしょうか。

再生機器メーカーだけじゃなくて音源機器を持っているというのがKORGの強みです。つまり音楽を作るとこから始まり、編集して再生するところまでトータルで手掛けているのです。それがDSDという太いパイプでつながるのが、これからの最大の強みです。DSDは本当に面白くて、再生系だけでもこんなにエキサイティングなのですけれど、さらに録音が入ってきて、編集が入ってくると、首尾一貫したDSDワールドをきっとKORGが作れると思うのです。期待しています。

KORG MRシリーズ

  • MR-1

    2006年発売

  • MR-2

    2010年発売

  • MR-1000

    2007年発売

  • MR-2000S

    2008年発売